目の前で、スナイダーズのキャラメルプレッツェルが、甘い匂いをたててゆっくり空中に散らばり、次の瞬間、勢い良く床にぶちまけられる。(...........あーあ、これ2人で食べようと思って買って来たのに) 無惨に、部屋の隅まではじけとんだ米国産のお菓子を眺めながら、妙に冷静な気分であたしは自分の上に感じる男の重みに逆らわずに、ベッドに沈みこんだ。 スプリングがいつもより乱暴に軋んだ音を立てて、2人分の体重を吸い込んでゆく。燃えるような嫉妬にかられた男の目と、これから目の前の獲物をどう料理しようか思案する冷静な狩人の目で、赤也はあたしの両腕をぎりりと掴みながら、ゆっくりとこちらの体力が尽きるのを待っている。


「いいかげんさーそれ捨てろよ」

「だからなんで赤也がそれを指図するの?」


何度目かの押し問答にはもう慣れたもんで、赤也はあたしの生意気な返答には答えずに、少しずつ両腕の力を強めながら、やわやわと掌を開かせようとする。色と力を失い、じりじりと開かれてゆく無力な自分の掌を感じながら(もし、赤也が今本気で全力を入れたら、この腕は簡単にポキンッて折れるのかしら?)と痛みに顔をしかめながら思う。

もちろん、赤也が破壊したいのはあたしではなく、今あたしの掌に握られている元カレがくれたリングだ。たいした男ではなかったけれど、唯一そのリングをくれた時の照れたように笑った顔の可愛さは今でも時々、フっと思い出せる、誰にだって侵されたくはない小さな思い出はあるけれど、あたしにとってのその一つがこれなのかもしれない。けれど、あたしは破壊神のような新しい男と付き合い、その赤い炎のような激しさに惹かれたのも本当だ。その炎の燃やし尽くす対象が自分の“過去”にまでなるとは思わなかったけれどー


「そろそろ降参する?」

「誰が」

「俺これ以上の力加減は微妙にわかんねーんだ」

「楽しんでるくせに」

「ハハハ」


ゴールはもうそこまで見えて来ている、開かれた掌から鈍く光るリングの小さな石が覗いている。
顔を近づけて、赤也がその石を赤い舌でぺろり、と舐めた。


「ふふ」

「やめっ..........!」

「みっけた」

「..........っ!!」


制止の声を聞かずに、赤也はひょいとくちびると歯で、その銀色の物体を咥えた。
軽く頭をふり、余裕の表情でこちらを見下ろしている。


「降参だな」


ギリっ、とリングがひしゃげる音と共に、あたしの過去のちっぽけな思い出も一緒に噛み砕かれるような気がした、泣き叫びたいような衝動にかられて、あたしはそれを見れずに枕に顔を押し付けた。ガチャンッという音が聞こえた瞬間、くぐもった泣き声が自分の喉から漏れる。パラパラと胸元に、何か金属片が落ちてくるのを感じた。


「.............あたしさー」

「柳と付き合おうかな」

「柳なら..........赤也からもらったリングを捨てろなんて言わない気がするもん」


顔の上に影が落ちて、突然口内に甘い血の味を感じた。あたしに覆いかぶさりながら、リングの破片で傷ついた舌をからめて、赤也がキスをしてきた、息をつかせないぐらいー深く、深く..........ゆっくりとさらに深く。涙でぼやけた目の端で、胸元に落ちた金属片が床に転がり、キャラメルプレッツェルにまぎれて、もはやどれがどれだかわからなくなる間際に、小さく「.......
ごめん」という声が、耳元で聞こえたような気がした。酸素が足りなくなった頭で「油がカーペットに染み込まないうちに早く掃除機で片付けないとな」と思いながら、あたしはゆっくり感覚のなくなった手で、赤也の頭を撫でた。 想像の中のあたしは、ちゃんと大切な過去も、お菓子のクズも、いっしょくたにして、すべてを掃除機に吸い込ませていた。









090811